It's My Life

ひっそり

左肩甲骨下

左肩甲骨の下側が痛い。

特に、首周りのストレッチの様な立った状態で首を前に倒すと、上に引っ張られるように痛い。

呼吸が出来ないほどではないが、所謂"痛気持ちいい"といった状況では全くない。

痛みに気づいたのは昨日。

そもそもは、先週の火曜日(10/2)頃から腰が痛く、木曜日(10/4)は無理をするのを宜しくないと仕事を休んだ。

木曜日の痛みは腰と右足が痺れる程度だった。大事を取って念の為という程度。

翌金曜日(10/5)は腰と右足の様子はかなり改善したものの、背中全体が痛くなった。

我慢出来ないほどではないといった程度だったので仕事に行った。徒歩通勤中は何ら違和感はなく、仕事中は念の為に腰痛サポーターは装着してました。

続く土日月(祝)の三連休は、左を下にして横になった際に左肩甲骨周辺の若干の違和感を覚えることはあったものの、辛いということは一切なし。

本日(10/9)、仕事でPCに向かう程度では特に何もないが、最初に書いたような姿勢になると痛い。

これは腰痛を庇ったことから背中の痛みに移行し、それが左肩甲骨下側へ集中的に負荷をかけたことが原因か?

とりあえず、しばらく様子を見ることにします。

湿布でも貼って痛みを緩和させたいところですが、貼っても可動域の大きいところだし、すぐに取れてしまうでしょうから、安静にするだけです。

一方、右肩は五十肩で可動域がかなり制限されてます。

これのせいもあるかもしれないな…

なお、左肩は5年ほど前に四十肩で辛かったが1年も掛からず、気付いたら改善していました。この肩甲骨下の痛みを感じるまでは特になんということもなく生活できてました。

 

取り敢えず、様子見です。

20倍

haitoukinseikatu.com

となると、ボクはリタイヤしても大丈夫ってことになります。

しかし、日本円で生活することを考えると今後予想されるインフレや増大することが確実な健康保険料や医療費を考えると、もう少し必要です。

従って、もう暫く働き続ける必要があります。

はぁ~~ 早く仕事辞めてぇ~なぁ~

食物シリーズ 第4弾

ふるさと納税フル活用を目指すブログですww

第1弾は鰻!

r42.hatenablog.com

 

第2弾!!

r42.hatenablog.com

 

第3弾!!

r42.hatenablog.com

 

そして昨夜、第4弾が着弾しました。

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またもや冷凍便です。

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開封すると、ハンバーグの山が!!

熊本県長洲町のお礼の品、九州産牛の手作りハンバーグ(150g×15個)です。

ハンバーグって自分で作るのは手間だし、かと言ってナショナルブランドのハンバーグは微妙。って事で街のお肉屋さんが作るハンバーグを頼んでみました。

説明書によると馬肉も入ってるようです。流石は熊本!!

ふるさと納税で貰ったフライパンでふるさと納税のハンバーグを焼く!

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味はナショナルブランドのものより圧倒的に美味でした。

でもちゃんとしたお店で出てくるハンバーグと比較すると普通でした。

焼き方にもよるんでしょうけど。

 

まだ一品届いてないものがありますが、それが届くまでは1~4箇月ほど掛かるらしいので、今年ココに書くふるさと納税はこれが最後かも知れません。

そして今年の寄付枠は終わってしまいました。

また来年楽しむことにしましょう!!

9月振返り

今月も台風三昧でした。

これを書いている9/30も台風24号チャーミーのお陰で大変なことになっとります。

 

◆小目標(日々の目標)

●健康維持増進

・食事

7月2日(月)から始めた減量生活。

今月(正確には10/1の朝)の予定は66kgを切ること。

昨朝の段階で66.80kg、一日で800g減は無理。

しかも、昨日(土曜日)の休日出勤中、11時ごろから、なんだかプール上がりの様な疲労感に襲われ、どうしようもなくカロリーを摂取したい欲求が。

昼に会社備え付けの菓子箱からピーナッツチョコ等を摘んで一瞬だけ回復。

しかし、夕刻に仕事が終わり、自宅に帰ろうという頃に再びエネルギー切れ。

帰宅後、更に体調がダウンして来たので諦めてバカ食いしました。

お陰で今朝は対昨朝比で1.5kg増。つまり68.30kgです…

明朝の66kg切りは不可能となりました…orz

 

・運動・健康

今月は少しだけ運動量が増えました。

通勤が自転車から徒歩へ。帰宅後に筋トレを5分ほど追加。

お陰で体脂肪率が少し減った様な気がします。(誤差範囲ww)

 

・処世術(と言うか、嫌なことの流し方)

今月は特になし。

先月から職場での無駄話なしを継続しています。

これはこれでホンマに気楽ですね。

 

●時間の有効活用

・具体的な時間割

仕事はいつも通り脳内ガントチャートとグーグルカレンダー(To Doリスト的に使用)を駆使して効率的に働いています。 

今月は2つの三連休の間に夏季休暇を取得し10連休を取りました。

旅行等の予定は一切組まず、リタイヤ後の日常の予行演習をしてみました。

つまり、ダラダラしつつも、規則正しい生活です。

お陰でこの期間に3つも模型を完成させることが出来ました。(2つは仕掛品だったけど)

10日間だと判っていたからこのペースが保てた気がします。

雨の日が多かったため、自宅に籠らざるを得なかったというのもあるかもしれませんが。

しかし"朝は早起きし、午前中は外出を含め身体を動かし、午後はインドアな生活、夜は早めに寝る"と言ったリズムは過ごしやすいようには感じました。

 

●資金検討(含む投資)

・無駄遣いをしない

今月の家賃通信費以外の所謂"変動費"は8万円近くも使ってしまいました。

この内、23,000円は東京出張の立替分なんで、実質的には55,000円超です。

更に3,500円はアリナミンEX PLUSですww

r42.hatenablog.com

まあ、このくらいならね…

更に今月もふるさと納税で物を貰ってます。

r42.hatenablog.com

ふるさと納税の支払分は来年の確定申告(及び住民税減額)で返ってくるので、"変動費"として計上していません。

 

・投資

今月はいつも通り投資信託を購入しました。

9月は下がるってのがアノマリーなので、もっと買おうと思っていたのですが、中旬からガンガンと市況が良くなりすぎたので、いつも通りで抑えておきました。

それでも資産額としては先月増加分よりも増えたのでヨシとします。

 

◆中目標(と言うか、大目標の前提)

心身とも健やかに

今月は10連休のお陰で月の1/3以上他人に会うことなく過ごしました。お陰で嫌なことは殆どなく。

スーパーなどのレジでどんくさい客や店員を見るとイラッとしますが、これはボクが100%悪いですね。ナンでいちいちイラッとするのかねぇww

 

◆大目標

人生の再定義

ボクの人生最大の目標は『両親より長生きすること』。両親の健康ぶりを考えると80歳まではちゃんと生きてないとダメそうです。

 

そのために心身及び金銭的なストレスなく過ごすことが一番だと考えています。

金銭的にはイイ感じになってきてますが、心と身体についてはマダマダです。

趣味編 その2

静岡市へのふるさと納税で、バンダイとハセガワから模型を貰いました。

r42.hatenablog.com

 

今回は東京都稲城市から。

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装甲騎兵ボトムズと言う80年代前半のアニメのOVAザ・ラストレッドショルダーに登場するブラッドサッカーというATです。

同じものが2つ映っていますが、2つ頼んだから当然です。

このATは量産型なので何体あっても良いのです。

実は普通に買ったものもあって、これで3つになりました。

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一体いつ作るんだろう?とか考えていけませんwww

この手の話を聞くたびに思う

kabumatome.doorblog.jp

土地柄的にあまり良いところではないというのはおいといて…

長期間のローンを組んで家を買って、隣人にこのような輩が後からやってきたら、人生そこで終了。

 

賃貸の方がリスク回避に有利です。

資産と心理

2つの3連休の間に夏季休暇を取得したので、10連休です。

その連休も今日で終了します。

マダマダ休み足りませんが、悲しい会社勤め故仕方ありません。

さっさとリタイヤしたいと思う今日この頃です。

 

さて、金融資産が準富裕層レベルになって幾星霜。

もうひとつ上にまで上がるには、今しばらくかかりそうです。

しかし、ある程度の資産が出来て考え方が変わってきたのは実感しています。

自分と合わないアホな輩共を意識から外すことが出来る様になったのが一番大きいでしょうか。

本質的な精神面では20代前半の頃と全く変わっていない自信がありますが、それでも表面的にはセーブできるようにはなっているようです。

要は、余裕が出来たと言うことなのでしょう。

 

これが"カネ"の力か!!

記録

先日、北海道大地震がありました。

東海地方に住むボクは何ら被害はありませんでした。

ボク個人としては阪神・淡路大震災も経験しましたが、2011年3月11日の直近では東日本大震災が大きな地震経験です。

 

以下、当時の記録をここに転載しておきます。

 

【以下、転載】

昨年の今日、東日本大震災がありました。

当時、ボクは東京在住。

地震が起きたその瞬間は、お台場の先にある中央防波堤内の自社工場に勤務していました。

以下の記述は昨年(2011年)3/12夕方にMixiで記した日記です。

記録として転載しておきます。

 


昨日、14時半ごろ大きな地震

工場内の震度計では143ガル、震度5。

操業は緊急停止。危険物等の漏えい・破損がないか否かを確認。

工場で勤務中のボクは対策本部で連絡係を担当。 (こういう時、技術畑じゃないボクはホントに役に立たない)

お台場の先の「中央防波堤」に工場があるため、津波被害の可能性も考えて工場敷地内の人達に屋内に居るように通達。

中央防波堤とお台場をつなぐ海底トンネルが通行可能であることを確認し、直接業務に関連しない人たちや業者の人たちを帰宅させる。
※当時は東京ゲートブリッジはまだ完成していなかった。

16時半ごろ、改めてニュースを見る。

津波が船や車そして家をなぎ倒しながら、陸地深くまで浸食していく様子を見る。 今回の地震の復旧にかなりの時間とお金が掛かることを意識せざるを得なかった。

自社工場は特別管理産業廃棄物を取り扱っており、地震後の16:00に搬入予定のモノに関しては、搬入に使用する資器材の安全を確認できなかったために、搬入車両をそのまま屋内にとどめる。 ドライバーは所属する会社の人に迎えに来てもらうことにした。

17:30過ぎ、取り合えずだが応急的な対応が終了し、帰宅が可能なものは帰宅するように命令が出る。

お台場から出るための公共交通機関りんかい線ゆりかもめ、都バスの3つ。

その内、りんかい線ゆりかもめは復旧のめどが立たないため、これらを利用しなければ帰宅が難しい者たちは復旧するまで工場内に待機する。

(この時点で関東圏でココまで影響が長引くとは判らなかった。多くの人間は21時頃には復旧数ると考えていた)

工場に残る自社社員のために緊急用食料を用意する。 基本的には備蓄食品を出しただけだけど。

 

そして、ボクはお台場から10km強の所に自宅(※当時日本橋に部屋を借りてました)があるため、徒歩帰宅を決意。

取りあえず中央防波堤から都バスで脱出。

中央防波堤からの「波01系統」の都バスはこの時点で定時通りの運行がなされていた。

18時前にお台場周辺に着いたが、既に大渋滞が始まっていた。

ビーナスフォート周辺の交差点で下車させてもらい、そこから徒歩で移動することに。

都心に向かう道路はもの凄い渋滞で、徒歩帰宅をする人々で混み合う歩道を徒歩で移動するボクよりも遅いスピードでノロノロと動いていた。

また、歩道も多数の人はそれほど危機感もなく会話をしながら歩いていた。

途中の晴海大橋ではそこから見えるレインボーブリッジや東京タワーをバックに記念写真を撮っている人もいた。
 『普段こんなところ歩かないから、こんなに綺麗な場所があるなんて知らなかったぁ~』 (この時点で東京タワーのアンテナ部分は曲がっていたのだけど)

都心に向かうにつれ、車道、歩道共に車・人が益々増加してきた。

都心に向かおうとしている緊急車両が反対車線をけたたましいサイレンを鳴らしながら走って行く。

勝鬨橋当たりで歩道を歩く人たちが白いヘルメットを被っているのを散見するようになる。

恐らく大手企業が帰宅する者たちに渡したもの。ここまでチャンと用意している会社があることに驚いた。

途中のコンビニはレジを待つ人たちや買ったものをその場で食べる人で混み合っていた。

また、公衆トイレも渋滞。普段なら女性用トイレだけだが、昨日に限って言えば男性もかなりの列になっていた。

吉野家マクドナルドなどでは取りあえず帰宅する前に食事をしようとする人々でごった返していた。

普段の19時台では考えられない。

驚いたのは居酒屋などで飲んでいる人が多かったこと。 彼らは何を考えていたのだろうか?

阪神・淡路大震災での状況を知っている僕には考えられなかった。

 

そんなこんなで約1時間半かけて、無事に19時20分に帰宅。

帰宅難民にならずに済んで良かった。そういう意味では高い家賃を払って都心に住んでいて良かったと実感した。

ボクの室内には不安定な設置状況のものが多く、その転倒を心配していたが、それ程でもなかった。

デスクトップPCの本体が倒れ、書架から本が崩れ落ちていた程度。

買ったばかりの40インチ液晶テレビもストレージ上部に掛けていたBD-1も倒れていなかった。

これらが倒れるとボーナス1回分吹っ飛ぶほどの損害なのでかなりビクビクしていたのだった。

TwitterやFBで友人などの現状を確認する。

両親は神戸なのでナンの被害もない。帰宅難民になっている友人が何人かいたが、既にボクの住む街からは遠く離れていたのでTweetで励ますことしかできなかった。

そんな中、仙台在住のBBT(※ビジネスブレイクスルー大学院。ボクはココでMBAを取得した)の同窓生とBBTU大学生の安否が確認できない。

かなり心配だ。

同窓生は先日異動するボクを気遣ってくれたばかりだと言うのに・・・。

 

22時ごろ、BBT大学に在学中の知人が東京駅近辺にいるらしいと判る。

彼にTwitterでDMし、ウチに来るように促す。

携帯電話がつながらず、若干のタイムロスはあったものの日付が変わった頃に僕の部屋にやってきた。

ボクの室内は明らかに単身生活用に設定されているので来客用布団などはなかったが、炬燵布団と毛布2枚で凌いでもらった。

軽い食事を提供し、なんとか人心地を付けてもらったところで2時ごろ就寝。

明けて12日土曜日。

今回の大地震の被害の大きさが明確になりつつあった。

2時間ほどTVでニュースを見ながら、帰宅難民の知人が無事に帰れるように喰い物と飲物を調達にコンビニに出かける。残り少ない食料とペットボトル飲料を購入して彼に渡す。

9時前に上野に向けて徒歩で移動すると決意した知人を昭和通りまで送る。

その後はニュースをただただ見るのみ。

その後昼過ぎに近所の様子を探索に行く。

幸い、ほとんどの商店はいつも通りに営業しており、喰い物にも困ることはなさそう。
これは僕の住む街がオフィス街で加工が必要な食品を皆が買わなかったためと思われる。

現在は停電に備え、懐中電灯を確認した。

場所柄を考えればボクに住む街が停電になる可能性は少ないが、念には念を入れておく。

10年ほど前まではキャンプも趣味だったので、屋外で数日生きられるくらいの資機材を用意していたのだが、それを辞めてから、テント・寝袋・ランタンなどは処分してしまった。

もう少し広い場所に住んでたら置いとけたんだけど・・・

 

そして現在は、停電になる前に食事を済ますべく炊飯中。

18時ごろには夕食を終えられると思う。

ここ1日のボクの動きは以上です。

日本では災害に乗じた暴動や略奪は起こらないと思う。だけど念のために現金は常に用意しておいた方がいい。

大概の事はお金で片付くから。

まだ余震は続きそうだけれども、不安な心理で居るよりも準備できるものは出来るだけ用意して、不測の事態に備えて今夜を過ごしましょう!

 


以上が2011/3/12 17時過ぎにに書いたものです。

【転載はここまで】